(認知症を支える家族の会)
かまくらりんどうの会は、30周年という記念の年を迎えることができました。これも、ひとえに会員の皆様、関係機関のお力添えによるものとあらためてお礼申し上げます。
さて、30年前というと「認知症」という言葉もなく、施設もサービスもナイナイづくしで、認知症と向き合う家族もどのように接していいものか、たいへんなご苦労の日々を送っていました。
そんな中、県下でいち早く鎌倉保健所(当時)の保健師さんたちの取り組みで“痴呆老人を抱える家族のつどい”(当時は痴呆症と呼ばれていました)が開かれ、市と社会福祉協議会も協力のもと、つどい参加者の有志で結成されたのが、この会の始まりです。
平成12年には、介護保険制度がスタートしましたが、制度運営については厳しい状況が続いています。
認知症に対する地域社会の認識も進んできました。
平成30年度からの鎌倉市高齢者保健福祉計画では、主要施策として「認知症施策の推進」があげられ、@早期診断・早期対応に向けた支援体制の構築A認知症本人とその家族への支援の充実ということが施策の方向性として打ち出されています。30年前に比べると隔世の感があります。私達には、介護の経験を通して得た知恵と会に集う仲間がいます。
「認知症にやさしいまちは、誰にもやさしいまち」これからも力を合わせて、楽しく歩んでいきましょう。
第30回総会が4月19日開かれました。
渡邊代表の挨拶の後、講師に田村加代子さん(認知症の人と家族の会神奈川県支部世話人)をお迎えして記念講演「家族の思い、地域とのかかわりがありました。
今から46年前、有吉佐和子さんの「恍惚の人」が出版されるや、関連著作が次々に話題になり、著者の意図とは別に認知症の中核症状や行動障害が一般にクローズアップされ、認知症(当時の呼称はぼけ・痴呆)は大変な病気、困ったことと誤解や偏見が生じました。
その後、時代とともに認知症への啓発活動が活発に行われるようになりましたが、未だに偏見に悩む認知症の人と家族がいます。
今元気な人でも認知症になる可能性があります。しかし今では認知症になっても適切なケアが行われることで穏やかに生きることが可能と知られています。
また、ご近所で顔見知りになり認知症の人への自然な支援のために、声をかけやすい地域づくりが必要とのお話しも伺いました。
総会議事は、平成29年度活動・決算報告等承認され、平成30年度活動計画・予算案・運営委員が承認されました。
お詫びと訂正〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前月号で総会記念講演講師のお名前を、田代加代子さんとご紹介しました
が、正しくは田村加代子さんです。お詫びして訂正いたします。
5月5日(土)
午後1時〜4時
福祉センター2階 相談室
会員以外の方の相談も受け付けています。
一人で悩まずお電話ください。
介護経験者がお待ちしております。
プライバシーは十分留意いたします。
福祉センター2階 相談室へお越しくださっても結構です。
私の実家のことです。父が亡くなった時、母は認知症で介護が必要な状態でした。私は両親の残したものの中から介護のお礼を出すのが当たり前と考え、実家を継ぐ次兄に母の介護を担う姉夫婦に渡してほしいと言いました。次兄は父からの恩給から出せばいいじゃないかと言います。色々あったのですが、結局実家は次兄の手で売却されました。預貯金も少ない実家のようなケースでは、介護負担はマイナスの負債になります。ある方から「兄弟は丸くやりなさい。」と助言を頂いたのですが、当時の私は介護や看病をした姉妹と、何もしなかった男兄弟に不公平感を持ち、尖がっていたのでした。
ですが、介護は気持ちの問題で、その負担は法制度で無視してよい事柄なのでしょうか?家族介護の問題が増加し続けるなかで、親である被相続人への貢献度(寄与分といいます。)を評価する必要性が高まり、相続法の改正が行われようとしています。(法務省は来年中の国会に民法の改正案を提出する方針です。)
ところで仕事上の話です。実父様の経過記録を見せて欲しいと、アメリカ在住のその方の娘さんから連絡がありました。資産家のその実父様の担当ケアマネとしては、契約者である長男様のプライバシーへも配慮しなければならず、家庭裁判所の指示とか、長男様の了解を得てほしいと娘さんに伝えましたが、返事はありませんでした。
イ:現行制度では、長男の妻が被相続人の介護をしても財産を相続できる権利はありませんが、介護者の権利拡大にも道筋がつけられるようになりました。
今回の民法改正で、相続人である長男に対して連れ合いである妻が金銭請求できるという試案は、こうした社会の流れの変化を汲んだものです。
重い負担である介護の担い手に対して、法律面から貢献度を評価し、相続人以外の人(嫁)が相続財産の維持や増加に貢献したような場合に、その度合いに応じて相続財産を取得する権利を認めることが検討されています。
ロ:また、自筆証書遺言について、財産目録のパソコンでの作成を認めることや、遺言書を公的機関が預かる制度を創設するなどの内容が盛り込まれています。
相続をめぐる制度は大きく変わりつつあります。 現在は親や配偶者が死亡したときには、相続人は不動産登記の変更や相続税の申告、銀行口座の解約などのため、大量の書類一式をそろえて、相続対象となる不動産を管轄する法務局や、預金がある金融機関ごとに提出しなければなりません。提出を受けた法務局や金融機関も、申請者が正当な相続人かどうかを審査することが求められています。
新制度では、相続人全員分の本籍・住所・生年月日・続柄・法定相続分などの情報をそろえて一度法務局に提出すれば、そこが公的証明書を発行し、以後はその写しを金融機関などに提出すれば事足りることになります。
相続不動産が各地に点在しているようなケースでは、煩雑な手続きがハードルとなって資産価値の低い土地の名義人を変えないままにしていることが多く、山間部などで宅地造成する際に買収が進まない例があったのですが、手続きの簡素化で円滑な登記変更を促す狙いです。
ハ:現行では遺言書のない場合、配偶者と子は2分の1の相続ですが、女性の残存寿命は7年も長く、残された妻の生活を安定させるため、居住権と所有権を分けることで、「配偶者居住権」が新設されます。 婚姻期間が長期間の場合に、配偶者が生前贈与や遺言で譲り受けた住居(土地・建物)は原則として遺産分割の計算対象とみなさないようにすることが柱です。残された妻は自宅に住み続けることができ、預貯金などの取り分が実質的に増えると見込まれます。もっとも居住権自体は譲渡や売買ができません。高齢化を受け、妻の老後の経済的安定につなげる狙いがあります。
遺産分割・税制・事務手続と、さまざまな面で大きく変わる可能性があります。
制度が変わるということは、相続対策のポイント、引いては相続のあり方、家族のライフプランにも大きな影響があるということですね。
満開の桜も散り始めた麗らかな春の日、多くの方にご出席頂きました。入所施設が変わり動揺している方、要介護5で小規模多機能の施設を利用し落ち着いた生活を送っておられる方、特に大きな変化がない方などそれぞれのお話しを伺いました。
認知症=アルツハイマーということではなく、レビー小体型、前頭側頭型等ありますので、まず診察を受けることが大切です。
服用している薬が有効かどうかも、受診の際には医師に現在のご本人のようすを詳細に伝え、適切な薬を処方してもらいましょう。
最近の介護相談会では、以前に比べ余裕を持って介護にあたられる方が多くなったように思えます。介護する方の認知症への知識が豊富になったためではと感じました。
昨年11月、自宅にて母を看取りました。2006年、アルツハイマー型認知症で要介護1と判断され、10年余の介護生活でした。
当初は、とにかく進行を緩やかに、と願い、デイサービス週一回から始め、習い事も送迎しながら続けて、母の社会生活を維持すべく行動しました。母の症状はゆっくりですが進行していき、要介護3、亡くなる前の5年間は要介護5で全面介助となりました。この間の母の問題行動は、「りんどうの会」の方々ならご存知のように、多岐にわたるものでした。
今回こういう機会をいただいて、介護生活を振り返ると、柱になり、支えてもらった二つの要件と一つの介護用品に思い当たります。
1,デイサービスの施設選び
要介護1から通い始めた施設は、亡くなる前の週まで利用できました。施設での活動はたくさんあり、“華道クラブ”、“パンつくり”、“菜園”、“日帰り外出”、季節ごとの催し等に楽しく参加して、母の表情にも明るさが見られました。友人もできて、母から園での話も聞けました。
要介護3からは症状も深刻になり、介護する側もつらい時期でした。ケアマネ、作業療法士、看護師、ヘルパーの方々とよく連絡を取り、送迎の際には会話を心がけ、正直にありのままに家での母のようすを説明し、要望も伝え、施設での母のようす、状態もできるかぎり把握しました。母の孫より若い職員の方も真摯に対処して下さり、感謝の日々でした。
この施設はショートステイ利用、特養もあり、要介護5になってからは特養への入所の機会も設けてもらいましたが、私の決心がつかず見送りました。母に表情の変化がなくなり、言葉も失い、食べ物も喉を通りにくくなってからは、栄養士の方が、提案や工夫をして下さり、職員の方が、椅子の高さテーブルの位置まで考えて、母に食物を一さじ一さじ運んで、命を繋いでくれました。近隣の方々に評判を聞き、選んだ施設でした。10年間お世話になり良かったと思える結果でした。
母を亡くしたこの冬、大雪の日に思い出したのは、やはり数年前の大雪の中、帰路の途中チェーンが外れてしまった車から、坂道を母をおぶって送ってくれた男性職員の姿を、涙でぼんやりした目で見続けていたことでした。
2,医療施設・医師選び
母が初めて認知症の診断を受けたのは「聖テレジア病院」でした。神経内科の高橋先生のやさしい接し方に、ずいぶん救われました。
アリセプト使用から周辺症状に応じて投薬が変わりましたが、その都度私は正直に母の症状を話し、効果がないと思う薬は止めてもらいました。
母の身体が通院に難しい状態になり、歯の訪問診療のように切り替える時期と判断して、以前から考えていた「ドクターゴン診療所」の訪問をお願いしました。月2回の定期訪問以外も24時間対応して下さり、緊急搬送も何度かした母や家族にとって、ほんとうに心強く助かりました。何よりも訪問医療で数年患った皮膚トラブルの薬その他も処方してもらい、通院の負担が軽くなりました。
昨夏から痰吸引のためショートステイ利用も出来ず、家族が休まらないと医師が心配して下さり、施設側に働きかけ、“担当者会議”(10名もの出席)を、設定してくれました。一人の利用者のためにここまでと感謝しかありませんでした。亡くなる前日は昼夜間問わず、来訪し私を励ましてくれました。
3,介護用品
体重20kg代になり足もふらふらの母が、車椅子移動や自宅内での移動、車の乗り降りに素晴らしく活躍してくれたのが、簡易担架“スマートムーバー”です。両側2人の介助者が必要ですが、シート一枚の軽さで、座り姿勢のまま次の所に移せます。税込み4,665円です。皆様は介護用品を多くご存知でしょうが、これはパンフにもなく、施設の職員の方が、母の状況を見て探し出してくれました。消防署等に装備されているとのこと。この軽いシートが亡くなる前週まで、母をデイサービスに通わせてくれました。
母に無理をさせているのではと、心苦しく思いましたが、入浴、昼食、家族以外の人との交流、そして何より私の時間確保のために必要でした。10年余の認知症介護は会員の方々の経験と同じく厳しいものでした。しかし20年以上前に一日も病むことなく一晩で亡くなった父の死をひきずったことを思うと、夕方のチャイムが流れる中、母の死亡宣告を医師に告げられた時、大きな喪失感とともにわずかながらの達成感を感じたのも事実です。九十四歳の母が最後に私に残してくれたものです。
曜日 | 内 容 | 福祉センター | 時 間 | |
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5月1日 | 火曜日 | 認知症介護相談会 | 団体活動室 | 13:00〜15:30 |
5月11日 | 毎週金曜日 | コーヒーポット | 稲村ガ崎きしろ | 13:30〜15:30 |
5月5日 | 土曜日 | りんどう電話相談 | 相談室 | 13:00〜16:00 |
5月11日 | 金曜日 | 運営委員会 | 団体活動室 | 10:00〜12:00 |
5月17日 | 木曜日 | 交流会 | 団体活動室 | 13:30〜15:30 |
5月25日 | 金曜日 | 会報印刷 | 団体活動室 | 9:00〜12:00 |
曜日 | 内 容 | 福祉セン ター | 時 間 | |
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6月1日 | 毎週金曜日 | コーヒーポット | 稲村ガ崎きしろ | 13:30〜15:30 |
6月2日 | 土曜日 | りんどう電話相談 | 相談室 | 13:00〜16:00 |
6月5日 | 火曜日 | 認知症介護相談会 | 相談室 | 13:00〜15:30 |
6月8日 | 金曜日 | 運営委員会 | 団体活動室 | 10:00〜12:00 |
6月21日 | 木曜日 | バス旅行 | フラワーセンターほか | 9:30〜16:00 |
6月29日 | 金曜日 | 会報印刷 | 団体活動室 | 9:00〜12:00 |